1959年から1984年、私が生れた翌年まで行われていた帰国事業。
在日4世の私が、帰国事業について知ったのは約2年前。家族との会話で、日本で若くして亡くなった祖母の家族4人が、社会主義を支持して帰国事業で北に渡ったということを知った。帰国事業を知って一番最初に感じたのは、国交がない為に家族が二度と再会を果たすことが出来ずに永遠の別れが訪れたことへの悲しみだった。死を前にして、祖母は家族に一目でも会いたかったのではないだろうか、祖母の死を手紙で知った祖母の家族はどんな思いだっただろうか。過ぎたことだけれど、会わせてあげたかったという思いに駆られる。

祖母が亡くなってから43年が経ち、もう祖母の家族の消息を知る者は親族の中に誰一人いない。私が知ることが出来たのは、当時5歳くらいだった私の母の記憶と祖母のお墓にある曽祖父母の名前のみ。祖母の弟と妹は名前すらわからない。済州島出身で社会主義の勉強ばかりをしていた曽祖父、その夫を尊敬し代わりに働いていた曽祖母、優しかった祖母の弟と妹の貧しい5人家族。弟と妹は、両親だけで行かすわけにはいかないと一緒に渡ったと聞く。未婚で若かった二人は、向こうでどんな人生を歩んだのだろう。結婚し、子孫が今も北で暮らしているだろうか。もしその子孫が存在するならば、会いたい。会えなくても、どうか苦しい生活を送らずに生きていてくれないだろうかと願う。

帰国事業について調べていくと、帰国事業について取り組んでいる方々の存在を知った。そのうちの一人がフォトジャーナリストの林典子さん。
最近発行された林典子さんの著書で『朝鮮に渡った「日本人妻」―60年の記憶』がある。林典子さんは、2013~2018年11月の間に11回訪朝し、朝鮮人の夫とともに北に渡った日本人妻9人と残留日本人女性1人の取材を重ねてきた。昨年の6月に、林典子さんが現地での日本人妻の方をインタビューした番組「北朝鮮 忘れられた“日本人妻”〜その人生の断片を語る〜」(NHKハートネットTV)も放送された。本には、その中で出演されていた日本人妻の方とのより詳細なやり取りも書かれている。林さんがとても丁寧に一人一人の心に寄り添って取材されているのが伝わってくる。

フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」: 60年の記憶 (岩波新書)

 

日本よりも北での暮らしが長くなった日本人妻の方たちが願い続けたことがある。それは「墓参でもいいから両親に会いたい」という願い。ほとんどの方が両親の反対を押し切って夫と供に北へ渡り、その後一度も再会することが出来なかった。みなさん、両親への自責の念を抱え続けて生きてこられた。どうか生きているうちに、日本に帰らせてあげることが出来ないだろうか…。

本のあとがきに書かれている林典子さんの思いにとても共感する。その部分を紹介したい。
【「日本人妻」や残留日本人を取材対象にすること自体が、「北朝鮮の交渉の材料」に乗せられているという意見もある。しかし、「交渉の材料」だからという理由で、この問題の重要度が左右されるわけではない。交渉の材料にされていようが、なかろうが、そもそも人道的な問題としてとらえるべきだと私は考えている。残留日本人が朝鮮半島で一生を過ごすことになったのは、元をたどれば戦前の日本の政策によるものだったことは否めない。また、半世紀以上前に日本人の女性が好きになった相手が、たまたま朝鮮半島にルーツを持つ男性であったという事実とその感情は、誰も否定することはできない。
あの時代に民族差別や貧困に苦しんでいた多くの在日朝鮮人が、日本での将来に悲観的にならざるを得なかったのは事実であり、その時代に行われたのが「帰国事業」だったのだ。彼ら・彼女らを取りまく歴史的・社会的背景、そして当時の国際情勢を振り返ったときに、時代と政治に翻弄されながらも、強く生きてきた人たちの思いをいまあらためて振り返り、故郷である日本の土をもう一度踏みたいという切実な願いを「人道的」な事業として、何とかかなえてほしいと思っている。】

林典子さんの著書、ぜひたくさんの方に手に取って読んで欲しい。

そしてもう一つ、私がたくさんの方に知って欲しいのが、「北朝鮮帰国者」の記憶を記録する会さんが取り組んでいる、在日帰国者が北でどのような生を送ったのかを脱北帰国者の方たちから詳細な聴き取りをし、2021年に記録集として刊行するとういうプロジェクトである。帰国者の方たちも高齢になり、亡くなられている方も多くいる。今この時に取り組まないといけないこのプロジェクトをやり遂げるために、クラウドファンディングで支援を募っている。ぜひ応援したい。
帰国事業を深く知ると、怒りや悲しみでいっぱいになり、知ることが辛くなることもあった。でも今、多くの人たちが、帰国事業の問題をこのまま忘れ去ってはいけないと、一生懸命に取り組まれている。感謝の気持ちと日本に残った在日として何か自分に出来ることがあるはずだと励まされる。
祖母の家族がどう生きたのかを知りたくても、もう知ることが出来ない。でも私は知りたい。日本から北に渡った人々がどんな思いでどう生きたのかを。一人でも多くの方の一人一人の多様な人生を知り、想いを馳せたい。(Yuki)

https://camp-fire.jp/projects/view/160573
クラウドファンディング(7月27日まで)

ご家庭に眠る写真や映像資料の提供にご協力ください

私ども「北朝鮮帰国者の記憶を記録する会」では、皆様がお持ちの帰国事業にまつわる写真や、8mmフィルムといった映像資料等、後世に伝える資料として保存するためにご提供をお願いしております。

北朝鮮に渡航する前の生活や帰国船を待つ様子、「祖国訪問」の時の思い出など、ご家族やご親戚の写真をお持ちでしたら、ぜひご協力ください。
(2020年9月14日)

おすすめの記事