『跳べない蛙』-北朝鮮「洗脳文学」の実体- 金柱聖著

『跳べない蛙』-北朝鮮「洗脳文学」の実体- 金柱聖著

 一時、北朝鮮文学にはまっていた先輩からこれを読んでみろと言われて読み始めたのが、「청년전위(青年前衛)」という日帝時代の金日成率いる抗日武装闘争から解放後の朝鮮戦争にいたるまでの歴史を男女2名の恋愛も織り交ぜながら描いた作品だった。そのモデルとなった実在の人物がいて、女性は晩年「朝鮮革命博物館」の館長を務めた人である。

 作者は確か60年代北朝鮮で副主席にまで登りつめた林春秋だっと記憶しているが、当時では珍しく縦書きのハングルで書かれていて、まだ「社会主義祖国」に憧れていた時期だっただけに夢中になって読んだ。
読んだ後に、その先輩から「これは批判される前に書かれた原書で、今は内容が書き換えられている」といわれ、私は「どこが書き換えられたのですか?」と尋ねると、「原書では祖国解放戦争は偉大なる朝鮮人民による勝利云々となっているが、新版では『偉大なる首領により導かれた』という文言が付け加えられた」というような趣旨の説明をしてくれた。

 その後、「해주 하성서에서 온 편지(へジュハソンから来た手紙)」「숲은 설레인다(林はそよぐ)」「전사들(戦士たち)」「청춘송가(青春頌歌)」などの北朝鮮では「名作」と呼ばれている小説を次々に読破していった。上記にあげた北朝鮮の名作といわれる小説はほとんどが「指導者絶賛」とは少し距離を置いたような作品で、祖国解放のために日帝と戦い、また貧しくても社会主義祖国の建設のためにけなげに生きようとする人たちを描いていて、心理描写や文学的表現も違和感なく受け入れることができたので、30年以上経た今でも時間があればどのように感じるのか再読してみたいという気持ちが湧いてくる。

 しかしながら、金正日が権力掌握後の小説はほとんどが「指導者への忠誠心」と「党と国家への感謝」に彩られた文学とは程遠い内容となってしまったのだが、そのあたりの詳しい事情は本書をご一読願いたい。

 さて、この「跳べない蛙」の著者も私と同世代に近いと思われるが、北朝鮮に帰国後、紆余曲折を経て文学者を目指した経験談を中心に、中学校で帰国したにもかかわらず、本書を最初から日本語で書き上げたというのだから驚いた。著者の父親は裏街道の人生を歩んでいて、熱心な総連活動家の祖父とは断絶状態だったということもあり、祖父母とともに帰国したという珍しいケースである。中学生で帰国した著者の胸は「社会主義祖国への憧憬と希望」で膨らんでいたが、ご多分に漏れず、それが憤慨と失望にとって代わるのは遅くなかった。

 著者は本書で「『母なる祖国』の“母”は、情け容赦のない“独裁”という鞭を持ち、“階級制度”という檻のような領土の領主だったのである。…果たして9万3000余名のうち、北の実情を知りながら行った人が何人いるのか、私こそ知りたい。」と述懐している。

 また、北朝鮮内における在日帰国者社会事情などにも詳細に触れており、「1959年から始まった帰国事業は、途中で一時中断しながらも1984年まで約20年にわたって続けられた。この時期は日本の高度成長期にも重なるため、最初に帰国した人たちと最後に帰国した人たちでは、生活様式や考え方が大きく違った。在日帰国者はいつしか、このジェネレーションギャップに呼び名をつけた。1960年代に帰国した人を「先組」、1970年以後に帰国した人を「後組」、と称して区別した。いつだれが呼び出したのかはわからないが、先組の人たちを「古狸」、後組の人たちを「最近帰り」と呼ぶようになった。高度経済成長を境とした先組と後組は、北朝鮮での経済力もだいぶ違った。特に1980年代に入り、日本から多くの在日が往来するようになってから、その姿が如実に表れた。」とも述べている。

 そして最後に、著者は韓国内でも在日社会でも脱北者たちに厳しい視線を差し向ける人々を意識してか、本書で「老若男女を問わず、私が話してきた100人以上の人たちは、決して裏切り者などではなかった。家族を捨て、自分だけ幸せになるために逃げてきたというが、彼らはみな、一生懸命働き、稼いだお金を北に残してきた家族に仕送りし続けている。中には北に残した家族を全部脱北させることに成功した人も少なくはない。裏切った人がなぜこんなことをするのだろうか。それははたして、“裏切り”なのだろうか。… 私は思う。脱北者とは、家族を捨てるために逃げたのではなく、守るために逃げた、平凡な幸せを願う普通の人間なのだと。」と反問している。

 本書は人間の尊厳を踏みにじられながらも、価値ある人生を歩んできた多くの在日帰国者の一人一人に肩ひじを張ることなく自然に寄り添いたくなる一冊である。(P)