愛は38度線を越えて~ドラマ『愛の不時着』によせて

愛は38度線を越えて~ドラマ『愛の不時着』によせて

 韓国ドラマ“愛の不時着”が世界中で話題だ。日本国内でも高い人気を博し、いま世界中を魅了しているB.T.S(防弾少年団)とともに第3次韓流ブームに火をつけたとまで言われてる。日本のレビューサイト「フィルマークス(Filmarks)」で2020年度上半期海外ドラマ部門1位、ネットフリックスドラマ部門「トップ10」8週連続など好評一色だ。日本の著名芸能人たちの感想は、様々なメディアやネット上にもあふれているが、最も見そうにないと思われる橋下徹氏も1・2話を見た後、全編最終まで一気に見たと言う。茂木外相も全編を視聴したと話した。

ストーリーを簡単に紹介してみる。財閥企業の末娘で、アパレルファッション会社社長のソンイェジン扮するユン·セリが、自社商品の新製品のテストと称しパラグライダーのフライトスーツを着用し自身がテストしようとしたが、テスト中突風に巻き込まれて38度線の軍事境界線を越え北朝鮮領域に不時着する。 軍事境界線付近を巡回していた北朝鮮人民軍特級将校、ヒョンビン扮するリ·ジョンヒョクが、偶然彼女を見つけ、それを上司に報告せず彼女を隠し守るうちに愛するようになる。その後の展開は、ジョンヒョクの婚約者、ジョンヒョク部隊の部下たちとその家族、そして朝鮮労働党総政治局長である父親を含む家族を中心に、北朝鮮内の様々な状況が展開する。 一方で北朝鮮に一人で落ちたセリと彼女の家族間の葛藤、またかつてセリの許婚であったという、英国籍を持ち頭脳明晰で話し上手な詐欺師まで登場する。その詐欺師は、その詐欺容疑の逮捕を恐れ北朝鮮内に逃亡し隠れて暮らしているが、このドラマの展開に微妙に絡んでくる。物語はセリとジョンヒョクの2人の男女の関係の機微を中心に物語は展開される。これ以上はネタバレになるので未見の方はぜひご視聴してください。

では、なぜこのドラマが韓国と日本はもちろん全世界的に人気を集めているのだろうか?どうもそれは、世界で最も閉鎖的で奇怪な政治体系を持つ隠遁国家とされる北朝鮮のミステリアスともいえるその素顔の断片が垣間見ることができると視聴者に思わせる。そのスチュエーションがこのドラマの人気の秘訣だろう。

物語の始まりは南北の国境地域だったが、北朝鮮政府の総政治局長の息子というドラマの背景からピョンヤンの市街と黄海道(南北軍事境界に隣接する地方行政区)の一地方の平凡な村が主な舞台となる。「ピョンヘタン(ピョンヤンのマンハッタン)」と呼ばれるリョミョン通りも登場し、北朝鮮の超上流層の生活がそのまま描かれる。さらに、新興のトンジュ(北朝鮮の富裕層)であるジョンヒョクの婚約者の母親を通じて、北朝鮮に資本で武装した新興資本家富裕層が経済力で身分の上昇を追求する典型的な「賎民資本主義」も垣間見ることが出来る。

また、前方部隊の中隊長であるリジョンヒョク大尉の部隊員たちを通じて北朝鮮軍の日常が展開され、その繰り返される作業と訓練、除隊後の社会復帰に対する期待と不安感が部隊生活を通じて表われ、そしてそれらの劣悪な生活環境も・・・。

一般人の生活といえば、部隊員たちの家族が住む村の人民班の女性たちを通じて赤裸々に描かれる。人民班員同士で当局の検閲をもみ消したり、人民班の女性たちの中で起こる嫉妬があったり、その傍らで困難を共に乗り越えていく逞しさも・・・それは、形は違えど他のどのコミュニティーともさして変わらない姿だ。市場で禁制品である韓国製品を密かに隠して販売したり、ヘアースタイルやちょっとしたファッションに一喜一憂したり・・・それは、このドラマの制作者の「人間模様」を展開する目線が、対北朝鮮という色眼鏡で見ていないことにその誠実さが伺えた。このドラマを通じて、製作者のともすれば奇異には見えるが北朝鮮一般庶民の凡庸ともいえるその生活感を生き生きと最大限に映し出そうと努力したことも容易に想像できるのではないだろうか。

印象深い場面の一つに、ピョンヤン行きの列車が途中で電気が途絶え、野原で野宿する場面がある。立ち止まった汽車に群がるその地域の子供たちが何でも一つ売ろうと東奔西走する、貧しくみすぼらしい姿まで映し出していた。それは、実際多くの脱北者が語るにほぼ事実に近く実にリアルだという。このドラマが北朝鮮を美化したと批判する人々には、この場面で作者が何を表現し、何を伝えたかったのかを想像してほしい。ちなみに、この野原の場面とピョンヤン駅はモンゴルのウランバートルで撮影したという。

もうひとつリアルな場面は、人民軍のピョチスがしきりに小言を言う相手に「おい! 君が将軍様なのか」というくだり。相手が何かを指示したり強要すると「お前は将軍様か!勝手にしろ!」という言葉が北朝鮮の学生の間で流行ったそうだ。 絶対的な首領に対する反感の風刺的な表現だ。

制作陣は北朝鮮の姿を忠実に再現するために考証に相当な努力をしたという。まず、北朝鮮の大学で映画を専攻し、その後人民軍時代には首領警護をする護衛総局に在籍していたという脱北者のクァク·ムンワン氏が補助作家として、また多くの脱北者が考証作業に参加し事実関係を確認したという。そこに彼ら自らカメオ出演やエキストラで出演し、北朝鮮の方言で語るキャストのイントネーションまで忠実に再現しリアル感を増した。

現在日本に住んでいる脱北者たちにドラマの評価を聞いてみた。 ピョンヤン出身の男性は、「ピョンヤン上流社会の生活は少し誇張がひどいようだ。 なぜなら、いかに一個人に過ぎないトンジュ(北朝鮮の新興富裕層)が総政治局長とむやみに接触できるということはあり得ない。 しかし、人民班員の中での日常の人情深い人間模様は違和感ない」と語った。平安南道出身の脱北女性は、「人民軍隊員や村の人民班員たちの話し方が、すべて平安道(首都ピョンヤンがある自治区)の方言を使っているが、ドラマでの背景が黄海道、それも京畿道との道境地帯なので、そこの人々はソウルの方言に近い言語を使っている。細かいようだがその部分に違和感があった」と話した。 咸鏡北道(中国・ロシア国境に接する北朝鮮最北端の行政区)恵山(ヘサン)出身の高齢女性は「自分は田舎、それも北側の中国国境近くの端の村であまりにも貧窮していたので、北朝鮮のそのような風景の紹介にとても慣れていない」と話した。それはすべての世界観が派手すぎるということだ。いかに地方と中央の格差を物語っている

話題が多いドラマであるため、批判と肯定の意見が多数存在するが、批判的見解は「絶対独裁国家を美化しすぎた」「ドラマ自体が政治宣伝物に利用される可能性が高い」そして「ヒョンビンというハンサムな俳優を通じて北朝鮮人に対する極上イメージを過度に与えた」などだ。 一方、肯定的な評価は「いずれにせよ北朝鮮に対する興味を誘発し、そこがどのような所なのかという関心を持たせたという点。そこも人々が一生懸命に暮らす所で、私たちと同じように人間が生活する空間だという認識を与えた」という点だ。 また「市場の役割が思ったより大きくなっていることを示し、北朝鮮をどの方向に導けばいいかについての方向性も示した」と言う意見もある。

最後に制作陣が明らかにしたことがある。このドラマを密かに北朝鮮住民が見ても自由社会に免疫力を持たない人たちにとって大きな問題がないよう、北朝鮮の最高指導者に対する批判が全くなく、核問題に触れず、政治犯収容所などの人権問題に触れなかった。 これは、同ドラマが北朝鮮国内で大きな反響を呼んだとしても、北朝鮮当局が特に非難や論評をしないことで、それが当局の検閲の矢面に立たないことが期待されたのかもしれない。それは返して言えば、厳しい言い方だが製作者のスタンスが多少中立性を欠いたのではないだろうか。

金正恩(キム·ジョンウン)や李雪主(リ·ソルジュ)をはじめ、北朝鮮の最高幹部たちも皆このドラマを見ながら、38度線を越えた甘酸っぱいロマンスをひそかに想像していればいいのだが。だって、かつて金大中大統領と金正日国防委員長がピョンヤンで手に手を取り合って「우리의 소원은 통일 꿈에도 소원은 통일(我らの願いは統一 夢にまで願う統一) 」と歌ったではないか。

(Jeon Park)