熱い共感をもって

-「在日帰国者記録集」刊行に賛同-

金 時 鐘

 まずもって二〇年になんなんと、北朝鮮の民衆の実態を身をもって探知し、知らしめてきた石丸次郎氏の人間的良心の発露に、深々と敬意を表します。私にしてそうですが、北朝鮮の実情については、特に在日帰国者たちの境遇については世代が移り替わったという年月の無情さも手伝って、とっくからあきらめの心情に取りつかれてしまっています。

昵懇だった文学・芸術の仲間から、再開された民族学校で社会主義祖国に目を輝かせていた、受け持ち学級のいたいけない子どもたち。一途に祖国に憧れたあげく、親に従って行ったまま行方すらわからない、“人民共和国”の、底知れない闇。その子どもたちの校長先生でもあり、長年大阪朝鮮高校の学校長を務められてもいた韓鶴洙先生の、強制収容所で強いられた一家もろともの無念きわまりない死。わけても胸に深く食い入ってならない日本人妻たちの、孤立無援の孤絶感。見ず知らずの北朝鮮でいかばかり喘いで過ごした人生だったことでしょう。

憶い起こせば不眠をかこつしかない、赫赫たる帰国者事業のなれの果てです。“地上の楽園”と謳い上げて帰国させておいて、苦境に陥っている帰国同胞の救援はおろか、消息をたどる仲立ちひとつしない朝鮮総連幹部たちの、良心のかけらもない無耶ぶりには同族であること自体が絶望です。

九万三千人からの帰国者が北朝鮮でどのように生きたかの記録を調べ、整理する仕事は、在日帰国者たちの年齢と世代推移の年月を考え猶予ならない、在日同胞死の鏤刻事業です。石丸次郎氏の活動を蓄えにして、この度在日朝鮮人と日本人の協同・共同の事業として立ち上げられたことを、思いも新たに熱い共感をもって賛同します。

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金 時鐘(김시종)詩人、朝鮮文学者

1929年 韓国 慶尚南道 釜山生れ。幼少期を父の故郷である朝鮮民主主義人民共和国 江原道 元山で過ごす。

受賞歴

  • 1986年『「在日」のはざまで』で第40回毎日出版文化賞
  • 1992年『原野の詩』で第25回小熊秀雄賞特別賞
  • 2011年『失くした季節』で第41回高見順賞
  • 2015年『朝鮮と日本に生きる 済州島から猪飼野へ』で大佛次郎賞
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(2020年9月14日)

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