「3階書記室」とは金正恩の公私にわたるすべての業務とロイヤルファミリー体制の存続と安全を取り扱う部署の別名である。そして「3階書記室」は建物内にある3階という意味ではなく、3階建て分の大きさのある事務スペースを意味する。著者はこの「3階書記室」の実態を体験と事実に基づいて「丸裸」にしようとしている。著者は元北朝鮮外交官で、亡命当時(2016年8月)は駐英国大使館公使を務めていたテ・ヨンホ氏である。エリート外交官として、北欧を中心に勤務経験の長い著者が「脱北」にいたるまでの外交官生活を振り返りながら、非常に詳細で生々しい、体制側の人間でしかわからないエピソードをふんだんに本書で盛り込んだ。

500頁強の本(韓国語版)だけに、完読するのに時間がかかったが、誇張もなく、淡々と自らの体験話を語っている。

圧巻なのは、金正恩の実兄である金正哲一行が「お忍び」でロンドンでのエリック・クラプトン公演を見に来た時に、著者が当時駐英国大使館公使でもあったので、約60時間近く共に過ごした時の話である。

モスクワ経由でロンドンヒュースロー空港に夜12時近く到着した正哲が、飛行機内で飲み物をこぼし、汚れたズボンをロンドン市内で洗濯させるために、大使館職員たちを夜通し走りまわせたのである。周囲は恐る恐る、夜遅く営業しているランドリーもないので洗濯するのではなく新しいズボンの購入を勧めたのだが、「このズボンが気に入っているので、明日はこれを絶対穿いていきたい」と駄々をこねるのである。仕方なく、たまたま空いていたコインランドリーで洗濯と乾燥をして事なきを得たのだが、いきなり絵にかいたような「王子様」として登場するのである。そして、ギターの演奏はプロ並みで、ロンドン市内でギターを購入した店の主人が舌を巻くほどの腕前だった。

マレーシアで毒殺された正男とは違って、わがままでおタッキーなロイヤルファミリーのままであれば、正恩の「政敵」として粛清されることはないのであろう。正哲はあえて政治に首を突っ込むと身の危険が迫ることをわかって、そのように振舞っているとしたら大した人物だが、そのようには受け取れなかった。

著者は北朝鮮国民が外国の歌やドラマに触れるだけで、厳しく処罰されている現状と、「王子様」や「指導者」の振る舞いを比較しながら、北朝鮮社会は「奴隷社会」と明言する。そして、その第1次的責任を金正日の統治スタイルにあると分析しており、金正恩もそのスタイルを踏襲しているどころか、より過酷な統治スタイルへと進んでいると主張する。

金日成に関してはその功罪を相対的にみているようだが、私は金日成の功はどのような形態であれ植民地時代に抗日闘争を展開したこと、そして解放後親日勢力を清算したこと、社会主義的施策(土地の分配等)を実施したことの3点と考えている。反対にその罪は、朝鮮戦争を仕掛けて、計り知れない犠牲を産出したこと、自らの個人崇拝(神格化)を推し進めたこと、今の世襲体制の基礎となる金正日を後継者として認めたことの3点と考えている。そしてこの親子は死んだ後も土の中で眠ることができず、死してまだその肉体を宮殿の中でさらけだしている。

金正恩には息子(いるかどうかわからないが)を指導者にして父や祖父と同じように「宮殿」入りを目指すのか、それとも、普通の人となって土の中で眠ろうとするのか、そのことはこの本を通じて皆さんがじっくり考えてほしい。

日本語版の出版が心から切望される。(P)

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(2020年9月14日)

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