14歳で帰国船に乗った石川学さん
北朝鮮での30年とは何だったのか?

第5回 清津招待所での1カ月

清津に降り立った瞬間から、「地上の楽園」とは程遠い光景に衝撃を受け続けました。どこまでも続く殺伐とした光景、みすぼらしい人々の姿…。配置されるまで待機する招待所での暮らしもまた、日本との違いに戸惑いばかりでしたが、振り返って今思えば、仲間と工夫して過ごした楽しい日々だったように思います。

◆招待所での慣れない食事

私たち帰国者一行には毎日、白米で炊かれたご飯と4種のおかずとデザートが出されました。でも、その白米からはどうにも変な匂いがして、とても食えたもんじゃない。北朝鮮では新米は軍部に優先して配られていて、庶民は軍部が5年に1度、米の入れ替えをした後に出てくる古い米しか食べられません。

時には7年間も軍部で保管されたものを一般庶民が口にすることもあるんです。劣化し切ったボロボロの米はもうひどい古米臭です。招待所で出されたお米はそこまで古くなかったのかもしれませんが、それでも変な匂いがしてどうしても食えませんでした。

あと、同じ野菜や味噌でも、北朝鮮と日本では味が違うんだなという気づきがありましたね。例えば白菜。北朝鮮の白菜は味が濃くて、日本で食べていた物よりもおいしいなと感じました。でも、調理の方法がどうも日本とは違いすぎて、いくら白菜がおいしくて、おかずがたくさんあっても、美味しいとは感じませんでしたね。

ある日、晩ご飯がカレーだと聞いた私はワクワクしながら食堂へ行きました。いざ料理が出されてみると、想像していた日本式のカレーとは違って、スパイスを使って作った本格インドカレーでした。「こんなのカレーじゃない!こんなもん食えるか!」と不満を漏らしたこともありました。

帰国者の友達の一人が「まずくて食えない」と言い出すと、他の子たちも「まずいや。こんなもん食えないね」などとこぞって不満を吐きましたが、私たちは当時食べ盛りの少年だったので、10日も過ぎると腹が減ってそんなことも言っていられなくなりました。そこで夜に皆でこっそり鶏小屋に忍び込んで鳥を一羽盗んで蒸して食べたり、倉庫に保管されている松茸を炭火焼にして食べたりしました。

「これ、日本の醤油があればうまいのにな」なんて、食事中に話出す者がいれば、「おう!俺持ってきたよ」なんて反応する者もいました。「本当か? 持って来い、持って来い!」なんて言い合って、調味料を分け合って食べることもありました。家族単位で北朝鮮に帰国した人や、先に親戚が帰国しているような人は荷物に余裕があったのでしょう。セイコーの時計やネッカチーフのようなものだけでなく、日用品も荷物に入れる余裕があったようで、日本の醤油や味噌などの食品を持ってきていました。

やはり同じ日本で生まれ育ち、同じ背景を持つ者同士なのですぐに打ち解け、私たちは助け合って日々過ごしていました。招待所での暮らしは慣れないことばかりで大変でしたが、仲間のおかげで、ある意味楽しい日々だったように思います。

◆嫌でたまらなかった学習時間

招待所での勉強は本当に嫌で、なかなか慣れませんでした。毎朝5時に皆起こされて、体操をし、金日成元帥に関する学習をさせられました。金日成元帥がどれほど偉大なのか、北朝鮮に対して忠実でなければならないなどの勉強を、映像や講演等を通した勉強が続くのです。

最初の頃はまじめに聞かずに寝てしまっている人もちらほら見られました。でも時間が経つにつれ、
「思想の面で引っかかったら一家だけじゃない、親戚も全滅させられちまうぞ」、
「絶対に口を滑らせて思想に関する文句を言ってはだめだ」

という噂が回るようになって、それからは、皆真面目に勉強するフリだけでもするようになりました。

招待所には、先に帰国した在日たちが面会のため訪れます。この人たちから、
「おい、この招待所は天国なんだぞ。お前もきっと配置された後にはこんないい飯食えないし、こんなに自由もないぞ」と言われることもあって、
「冗談じゃない!この生活のどこが自由なんだ?」と思わずにはいられませんでした。

意外にも、招待所での生活に一番適応したのは私の兄でした。
少年院での生活の経験が活きたようで、朝の5時に起こしに来る担当者よりも先に起きて、私たちを起こしてくれていました。

こんな日々を招待所で1カ月ほど過ごし、いよいよ私たち兄弟3人に、配置される日がやってきました。(続く)

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(2020年9月14日)

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